より道の多い人生

生き恥晒して生きていく

今すぐ意味のあるものになってね

「それ絶対合ってないし、いつか爆発するだけやん」

たいして説明したわけじゃない兄貴分の友達にハッキリ言われて爆笑してしまった。だって、その通りだったから。きっと、わたしは「合わない」ということをもうずっとどこかで感じていて、それをなんとかして庇う形で覆そうとしてみたり試みていただけなのだった。
例えば、きていたはずのLINEのメッセージを削除されて、それを見ていたのにその核心に触れずに連絡してくるのも、どうしていいか分からずそのままにしてしまうのも、なんで「どうした?」ってならないのかがわたしには分からない。そりゃあ、メッセージ消しといてなんじゃそらって自分でも情けないし呆れてしまうけれど、「さみしかったのかな」「なんかあったのかな」とか、そういう想像力へ繋がらないのに、この先に未来なんてあるの?コミュニケーションとはなんなんだ?誰か教えてえらい人。
例えば、彼の好きなものに対してわたしは寄り添うことはできても、彼は簡単に「好きじゃない」と言い放つ。寄り添った結果がこれかよって悪態つくわたしは醜いのでしょうか。誰か教えてえろい人。
「合わない」という言葉が、こんなにもしっくりくるとは思わなかった。「おなじクラスだったとしてもきっと関わることのない相手だろうな」と漠然と思っていたのはそういうことだったのか。それでもなかなか離れられずにいたのは、無意識にどこかで期待していたのだろう。すべてが合わないわけではないから、自分なりに「しっくりくる」ポイントを探していたのかもしれない。まさかこんな風に思うなんてあまりにも切ない。

「なにかあったのだろうとは思ってるんじゃないの。でもあいまいな関係だから、言っていいものなのか彼も分かりかねているんだよ」と、やさしい女友達は言ってくれるけど、それなら頼むからこの思考のスイッチを、わたしの小さな決意を彼でも誰でもいいからもういっそ根元からへし折ってくれよ。